私は楽器が好きだ。子供がブラスバンドにいたこともあり、この20年くらい中毒のように楽器や楽譜を買ってきた。で、消化不良で医院の屋根裏行きになっている。このストックは捨てずに時々降ろして使っている。
私が楽器や音楽がいくら好きでも、いくら弾いても、なかなか深く楽しむことができないのは、子供の頃に音楽を真面目に勉強しなかったからだろう。
思えばサッカーや野球も同じ、筋肉ばかり使って、頭を使わなかった。
ある時、釣りの上手な親戚のおじさんに、『いやー、釣りは下手でなかなか釣れません。』と、軽口を言うと、
『それでいいんじゃ。』
私には意外な返答だったので、心に残った。
今考えると、何もかもできなくていいじゃないか、ということかなと思っている。
仕事で頭を使うことは実に多い。
頭を使って診断、方針を立てた後、ものすごく気を使いながら筋肉を使う。
話は45年前の安下庄中学校の音楽室に変わる。
当時、掃除といえば雑巾がけ。はじめは白い雑巾も一度バケツに入ると灰色の物体に変わる。音楽室の漆喰の白壁にはアーティスティックな濡れ雑巾の跡がいくつもあった。
御多分に洩れず、私も濡れ雑巾で床を拭いたり、投げたりしていた。
ある時、女子の気を引こうとして、女子の方に向けて濡れ雑巾を投げた。
濡れ雑巾が空中高く音楽室を回転しながら飛んでいるまさにその時、女の音楽の先生が入ってきた。
先生は見るなり顔色を変えて私の方に詰め寄り、言った。
『岡田君! 昔の武士なら女子に手を上げるなんて切腹よ!!』
後にも先にも切腹を申し渡されたのはこの時だけである。普通二度言われることはないが。
この私に切腹を命じた先生は開業以来ずっと来てくれている患者さんである。
もしこのことがばれたらどうしようといつも思う。
ジャンバルジャンの気持ちである。